ネタバレなし
二人で行きつけのご飯屋さんを出ると、夜空に浮かんでいたはずの月はいつのまにかすっかり姿を隠し、小雨が乾いたアスファルトをぱらぱらと濡らし始めていた。
予想外の天気の変化に、お店の軒下から飛び出そうとした足が止まる。横を見ると、キラは真っ暗な空を見上げて顔をしかめているところだった。
「ねえポテチ姫、今日って雨予報だっけ?」
「ううん、特には言ってなかったと思うけど…」
「だよねー…。…んー、よし。これくらいなら走っちゃおっか!」
そう言うとキラはおもむろに着ていた黒のレザージャケットを脱ぎだした。そしてそれを一切の躊躇もなく、私の頭の上に覆い被せる。一気に視界が狭くなるのと同時に、キラのいつもの香水の匂いが少し強く香った。
「えっ!?いやいやだめだよ、これじゃキラが濡れちゃう!」
「オレは平気だよ、風邪なんかひかないし」
「…それはウソだよね?」
うっと言葉に詰まったのがわかって、思わず笑ってしまう。
「あ!ほらあれだよ、パパラッチ対策」
「何それ、いつも必要ないって言うくせに!」
「そうだっけ?…ほらほら行くよポテチ姫!ダッシュ!」
「わ!」
優しい手のひらに背中をぐんと押されて、自然と足が前に出る。飛び出した夜の道は静かで、どんよりとしているはずの空はどこか優しい色をしていて。雨が私達を隠してくれているような気すらした。
走りながらキラの方をそっと見上げると、どうやら全く同じタイミングでこっちを見たらしく、ばちっと視線がぶつかる。自然と笑いがこみ上げて、二人で笑い声を上げてしまう。雨はどんどん強くなっていったのに、冷たさはちっとも感じなかった。
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「はいポテチちゃん、これ」
そう言ってキラから手渡されたのは紺色のバスタオルだった。ホテルのタオルみたいにふかふかだ。
「え、濡れてないから平気だよ?」
渡されたタオルの役割を見出せず首を傾げると、キラは笑みを含んだ視線をこちらに投げてきた。
「うん、でも体冷えてるだろうから。羽織っててほしいな」
「…ありがとう」
キラの言葉に甘えて素直にソファに座ることにする。彼のすらりとした指が、電気ポットのスイッチを点けるのをそのままぼんやりと眺めた。ふと手元のスマホの画面を確認すると、もうあと数時間で日付が変わろうとしているところだった。
”オレの家が近いから”という理由で家に招かれ、今夜のキラのバースデーパーティーは通り雨が止むまでの延長戦に突入した。タクシーを呼ぶ?とお互いどちらも言い出さない。その事実にむず痒い気持ちになって、意味もなくタオルを羽織りなおした。
ことん、と響いた小さな音に顔を上げると、テーブルの上に二人分のマグカップが置かれた所だった。お礼を言おうとしたけれど、隣に座ったキラの距離の近さに、思わず息をのんでしまう。
「今日はホンットありがと!美味しかったし、すっごく楽しかった!」
「どういたしまして!私もすごく楽しかったよ」
「キミの誕生日には、オレの全力の全力を出すから期待してて」
「ふふ、うん!全力の全力ね、楽しみにしてる」
「うん。…オレの持ってるもの全てでキミを幸せにしたいって思ってる」
急に変わった声のトーンに動揺して思わず腰を浮かせかけてしまったけれど、そのタイミングでキラに手を握られる。指をゆっくり絡められ、じわりじわりと伝わる熱に、まるで逃さない、と言われているようでたまらない気持ちになる。
「っ…!」
「困らせたらごめん。でもこれは、冗談でもなんでもないから」
「…わかってる…」
「キミが楽しい時は一緒に笑って、かなしい時はそばにいたい。……いられないならせめて、心を傍に寄せてたい」
囁くように名前を呼ばれ、キラを見上げた。オリオンブルーの色をした瞳の中に、私が映る。ゆらゆらとたゆたう青に今、私しか映っていない。私も彼しか目に入っていない。
「キミがすきだよ」
強い力で抱き寄せられ、胸がいっぱいになる。
「……オレのこと、すきになってくれる?」
大きな手も、その手で私を抱きしめるその力強さも全部が大人の男の人のそれなのに、その声はまるで迷子の小さな子どものように小さく震えていた。
「……無理だよ、キラ」
「っ」
びくりとキラの肩が揺れる。次の言葉を伝える勇気がほしくて、キラの背中にすがるように腕を回した。
「だってもう、とっくにすきだもん」
視界の端で金髪が揺れたかと思うと、弾かれたようにキラが顔を上げる。青く輝く瞳も、少し紅潮したようにみえる頬も、戸惑いがちに開いたその口も、その全てが愛しくて胸がいっぱいになる。
「世界で一番素敵なアイドルだと思ってる。ステージの上で輝いてるキラを見るのがすき。でも、いつものご飯屋さんのいつもの席で、テーブルの向かいに座っておいしい!って笑ってる顔を見るのはもっとすき」
「ポテチ姫……」
自分の頬にも熱がのぼっているのを自覚しながら、一度大きく息を吸う。
「去年まではテレビの向こうできらきら輝いてるアイドルだったのに、遠い人だったのに、今はもう違うの。…気づいたらもうすきだった。強いところも弱いところも、全部。今目の前にいるあなたのことがすき。だか、ら、っ……!!?!」
私がキラに向けて溢れてしまった気持ちを伝えられたのはそこまでだった。触れ合ったやわらかな唇の感触にくらくらとめまいがする。
突然のキスに驚いて思わず体を離そうとしても、背中に回ったキラの腕がそれを許してくれない。目を閉じることすらできず、頭の奥が真っ白になる。それでも頬に添えられた手の優しさに、なぜだか泣きたい気持ちになる。
「ん……」
長いキスのあと、そっと目を開くと、目の前には柔らかく微笑むキラがいた。ぎこちなく微笑みを返せばあっという間に顔中にたくさんキスが降ってくる。
「…誰よりも、何よりも大切に想ってる。キミを守るために、オレの全てがあると思ってる」
囁く声は甘く、まるで夢を見ているようだった。
「すきだよ、キミがだいすき。…出会えてよかった…」
頬を包む手とその静かな声に、今度は目を閉じて応える。
外の雨が降っているのか止んだのか、もう私達にはわからない。泣きたいほど幸せなのに、なぜか胸が詰まって苦しくて。まるで息継ぎのように交わされるキスに、ただ互いに溺れていった。
キラくん、誕生日おめでとう!素敵なお祝い企画に参加させて頂けて本当にうれしいです。キラくんの幸せを心から願ってます。
